学びは自己投資である、と私は考えています。
それは「将来いくら回収できるか」という損得計算だけで測れるものではありません。
資格取得や昇進に直結する学びであれば分かりやすいですが、たとえ直接お金にならなくても、自分が本当に学びたいと思えることであれば、時間も費用も惜しまず投じたいと思います。
世の中では、学びを「コスパ」や「タイパ」で語る風潮が強まっているように感じます。
役に立つのか、すぐ成果が出るのか、元が取れるのか。
もちろん現実的な視点として大切です。
しかし、その尺度だけで学びを判断してしまうと、本来もっと自由で豊かなはずの知的探究が、どこか窮屈なものになってしまいます。
本来、学びとは自分の世界を広げる営みです。
新しい知識に触れることで、物事の見方が変わり、人との対話が深まり、自分の考えも磨かれていきます。
それはすぐに金銭的価値へ転換されなくても、確実に自分の内面に蓄積されていきます。
そしてある日、思いがけない場面で、その学びが自分を支えてくれることがあります。
一方で、学びにお金を払うことに抵抗を感じる人も少なくないように思います。
「無料で学べる時代なのに」
「そこまでしなくても」
といった声も聞きます。
確かに情報は溢れています。
しかし、対価を支払うことで得られる環境や緊張感、質の高い指導、同じ志を持つ仲間との出会いは、単なる情報収集とは異なる価値を持ちます。
お金を払うという行為そのものが、自分の覚悟を明確にする側面もあるのではないでしょうか。
学びは、他人と比較するものではなく、自分自身への約束だと思います。
どれだけ収益に結びつくかではなく、どれだけ自分を豊かにしてくれるか。
そうした基準で学びを選ぶ人が増えれば、社会全体もより深みを持つのではないかと感じます。
自己投資としての学びは、目に見える利回りこそ示しにくいものの、人生という長期的な時間軸で見れば、最も確実で、最も裏切らない投資なのかもしれません。

